奇跡の絶景、天空の鏡
三豊市にある父母ヶ浜(ちちぶがはま)は、今や「日本のウユニ塩湖」として世界中から注目を集めている。 干潮時に現れる遠浅の潮だまりが、空や雲、そして人の姿を鏡のように映し出す。 風のない夕暮れ時、空と海と砂浜の境界線は消失し、世界はオレンジ色や紫色の一色に染まる。 水面に映る自分の影が、もう一人の自分として立ち上がる。 ここで美しい一枚を撮るには、いくつかの条件が重なる必要がある。 干潮と日没の時刻が近づき、風がやみ、雲が薄く広がる。 そのすべてが揃った瞬間にだけ、浜は完璧な鏡へと変わる。 だからこそ、人々はカメラを構えながら、訪れる一瞬を息をひそめて待ち続ける。 その場に立つだけで映画の登場人物になれる、魔法のような時間。 波打ち際にしゃがみ、空を背にして手を伸ばせば、誰もが自分だけの一枚を残せる。 それが香川の新しいハイライトだ。
うどん県、その熱き魂
香川県民にとって、うどんは主食であり、おやつであり、文化そのものだ。 県内にはうどん店が数えきれぬほどひしめき合い、出勤前に一杯すする「朝うどん」は日常の光景だ。 とれたていりこ出汁の芳醇な香り、艶やかな麺の輝き。 口に入れれば、もちもちとした弾力(コシ)と、つるりとした喉越しが至福をもたらす。 温暖で雨の少ない讃岐の気候は、古くから良質な小麦と塩、いりこを育んできた。 この土地の恵みがひとつの椀に集まったものが、讃岐うどんなのだ。 食べ方も実に多彩で、出汁をかける「かけ」、生醤油をまわしかける「しょうゆ」、釜から上げたてを楽しむ「釜揚げ」と、好みに応じて表情を変える。 セルフ式の店では、自分で麺を湯がき、出汁を注ぎ、好みの天ぷらを添える。 その所作のひとつひとつが、もはや小さな儀式のようだ。 製麺所がそのまま店を兼ねるような一軒を見つけたなら、それは旅の幸運といっていい。 シンプルだからこそ嘘がつけない。職人たちの誇りが詰まった一杯だ。
日本の地中海、小豆島
瀬戸内海に浮かぶ小豆島は、オリーブの国内栽培発祥の地。 小高い丘に立つ白い風車と、銀緑色のオリーブの木々、そして青い海のコントラストは、まるで地中海のリゾートのようだ。 潮の満ち引きで現れては消える砂の道「エンジェルロード」は、潮が引くと沖の小島まで歩いて渡れる、ロマンチックな道として知られている。 古い醤油蔵が黒々と軒を連ねる「醤の郷(ひしおのさと)」では、百年を超える蔵に棲みついた菌が、今も独特の旨味を醸し続けている。 醤油やオリーブ、佃煮といった保存食の文化は、温暖な気候と人の手仕事が育んだ島の宝だ。 切り立った岩肌が渓谷を刻む寒霞渓は、瀬戸内海を見渡す絶景の名所として名高く、とりわけ秋の紅葉は息をのむほどに鮮やかだ。 ゆったりとした島時間(アイランド・タイム)に身を委ね、心身ともにリフレッシュできる楽園である。
海を渡る、現代アートの島々
香川を語るうえで欠かせないのが、瀬戸内に点在するアートの島々だ。 かつて産業の衰退とともに静けさを増していた直島や豊島は、現代美術を呼び込むことで世界の旅人が集う場所へと生まれ変わった。 直島の岬に立つ草間彌生の黄色いかぼちゃは、海と空を背にした香川の象徴のひとつ。 地中に埋め込まれた美術館では、自然光だけが移ろい、時間そのものが作品となる。 古い民家を丸ごと作品に仕立てた集落もあり、路地を歩くこと自体が鑑賞になる。 数年に一度開かれる瀬戸内国際芸術祭の年には、島々はいっそう華やぎ、フェリーの甲板までもが旅の舞台になる。 アートと島の暮らしが溶け合う、ここにしかない体験がある。
石段の先の信仰、こんぴらさんと城下町
内陸へ目を転じれば、香川は古くからの信仰と歴史が息づく土地でもある。 琴平の金刀比羅宮、通称「こんぴらさん」は、海の神様として全国の船乗りや旅人に篤く敬われてきた。 本宮へ続く長い石段は、参道の土産物屋や老舗の風情を楽しみながら一段ずつ登るのが習わし。 登りきった先で振り返れば、讃岐平野の彼方に瀬戸内の海がきらめく。 丸亀に向かえば、扇の勾配と称される美しい高石垣を誇る丸亀城が、小高い亀山の上に天守を頂いて街を見守っている。 高松では、歴代藩主が築いた特別名勝・栗林公園が、紫雲山を借景に池と松と橋を配し、歩むほどに景色を変える日本庭園の名手ぶりを見せる。 絶景やアートだけでなく、こうした静かな文化の厚みこそ、香川という土地の深さだ。
一泊二日、瀬戸内を味わうモデルコース
小さな県だからこそ、海も山も食もひと続きに楽しめるのが香川の旅の妙だ。 一日目は四国の玄関口・高松から始めたい。 朝はまず一杯のうどんで体を目覚めさせ、栗林公園の庭をゆっくりと巡る。 午後は高松港からフェリーに乗り、直島へ。海風に吹かれながらアートの島で過ごし、夕暮れは島の静けさに身を委ねる。 夜は高松へ戻り、香りも高い骨付鳥を頬張れば、瀬戸内の一日が満ちる。 二日目は西へ足を延ばし、琴平のこんぴらさんの石段に挑むのもいい。 そして旅の締めくくりは、やはり父母ヶ浜。 日が傾く頃に浜へ立てば、空を映した鏡が旅の記憶を一枚の絵に変えてくれる。 時間に余裕があれば、小豆島で島時間に浸る一泊を足してもいい。 うどんで始まり絶景で終わる、香川はそんな旅がよく似合う。
四季が彩る、瀬戸内の表情
雨が少なく穏やかな瀬戸内式気候は、一年を通して旅人にやさしい。 春、栗林公園の桜と若葉が池に映り込み、島々の段々畑には菜の花が黄色い帯を描く。 夏、瀬戸内の海はどこまでも青く澄み、白い砂浜と入道雲が真夏の劇場をつくる。 数年に一度の芸術祭が夏から秋にかけて開かれる年は、島という島が活気に満ちる。 秋は実りと紅葉の季節。小豆島・寒霞渓の岩肌が朱に染まり、栗林公園の松と楓が深い色を重ねる。 新そばならぬ新麦のうどんに、季節の天ぷらを添えるのもこの時季の楽しみだ。 そして冬。澄んだ空気が瀬戸内の眺めをいっそう鮮明にし、父母ヶ浜の夕景も一年でとりわけ凛とした美しさを見せる。 体の芯から温めてくれるのは、野菜をたっぷり煮込んだ「しっぽくうどん」。 どの季節に訪れても、香川は食と景色の両方で旅人を迎えてくれる。