松島や、ああ松島や
松尾芭蕉がその美しさに言葉を失ったと伝わる松島。 湾内に浮かぶ大小260余りの島々は、まるで盆栽のように整い、潮風に磨かれた緑の冠を頂いている。 朝日が水平線を割って昇る刻、あるいは月が水面に銀の道を敷く夜。 静寂の中に浮かび上がる島影のシルエットは、まさに「日本の美」の原点と呼ぶにふさわしい。 かつてこの絶景を四つの場所から望み「壮観・麗観・偉観・幽観」と呼び分けた風流人がいた。 それほどに、見る角度と時刻によって松島はまったく違う表情をまとう。 湾を望む高台からの眺めもよいが、遊覧船に身を委ね、島々の間を縫うように進めば、刻一刻と姿を変える景色に時を忘れる。 松の生える小島、波に削られて橋のように穴の空いた岩。 ひとつひとつに名と物語があり、潮の香りとともに数百年の記憶を運んでくる。 古来、歌人や俳人がこの地に筆を執ったのも、移ろう光と影が心を映す鏡となるからだろう。 湾を見下ろす丘で松籟に耳を澄ませば、芭蕉がここで言葉を超えた感動に出会った理由が、静かに胸へ降りてくる。
伊達の粋、独眼竜の野望
仙台藩祖・伊達政宗。 片目を失いながらも乱世を駆け抜けた彼の、派手で洗練された装いや振る舞いは、洒落者を指す「伊達者(だてもの)」の語源になったと語り継がれる。 青葉城趾に立つ騎馬像は、三日月の前立を輝かせ、今もなお天下を見据えるように街を見下ろしている。 彼が築いた城下町は、屋敷ごとに木々を植えさせた緑豊かな都市計画から「杜の都」と呼ばれ、その美意識は街並みにも食文化にも、そして仙台人の気質にも脈々と息づいている。 政宗は単なる武人ではなかった。 和歌を詠み、能を愛し、料理にも通じた当代きっての文化人でもあった。 スペインへ向けて家臣を率いる遣欧使節を太平洋の彼方へ送り出した進取の気風は、伝統と革新が共鳴するこの土地の原風景でもある。 青葉城趾から望む仙台平野と太平洋の広がりは、戦乱の世にあって遥か海の向こうまで思いを馳せた、独眼竜の壮大な視野を今に伝えている。 彼を祀る霊廟・瑞鳳殿は、桃山文化の絢爛をまとった漆黒と金の建築として知られ、伊達文化の華やぎを今も静かに語り続けている。
星に願いを、仙台七夕まつり
毎年8月、仙台の街は極彩色の和紙に包まれる。 伊達政宗公の時代から続くと伝わる「仙台七夕まつり」だ。 アーケード街を埋め尽くす巨大な吹き流しは、職人や市民が一年がかりで手づくりしたもの。 風に揺れるたび、和紙と笹がカサカサと涼やかな音を立て、見上げる人々の頬をくすぐる。 短冊や紙衣、巾着といった七つ飾りにはそれぞれ学業成就や商売繁盛などの願いが込められ、街全体がひとつの祈りの森と化す光景は壮観だ。 頭上で揺れる吹き流しのトンネルをくぐり歩けば、子どもの頃に見上げた夏空の記憶までよみがえってくる。 前夜には花火が夜空を焦がし、まつりの開幕を高らかに告げる。 青森のねぶた、秋田の竿燈と並び東北三大祭りの一翼を担うこの祭りは、戦後の焼け跡から街の復興を願って盛大に再興された歴史も持つ。 華やかさの裏に、人々の祈りと再生への意志を秘めた、杜の都が誇る夏の風物詩である。
杜の都の食卓
仙台といえば、まず牛タン。 戦後の復興期、限られた食材を無駄なく活かそうという料理人の工夫から生まれたと言われる。 厚切りのタンを炭火で香ばしく焼き上げ、湯気の立つ麦飯と滋味深いテールスープでいただく。 そのシンプルながら力強い味わいは、旅人の活力そのものだ。 枝豆をすり潰した鮮やかな翡翠色のずんだ餅は、ほのかな甘みと豆の青い香りが郷愁を誘う仙台名物。 笹の葉を象ったしなやかな歯ごたえの笹かまぼこは、伊達家の家紋にちなんだ姿が美しい。 秋には鮭の煮汁で米を炊き、いくらをたっぷりとのせたはらこ飯が食卓に上り、海の実りを丸ごと味わわせてくれる。 そして冬。松島や三陸のリアス海岸が育む牡蠣は、栄養豊かな海の恵みを凝縮したように濃厚で、焼いても蒸しても極上だ。 宮城は全国有数の米どころでもあり、清らかな水と寒暖差が磨き上げた酒もまた旅の楽しみのひとつ。 海の幸と山の恵み、肥沃な大地と良質な水、そして粋を尊ぶ伊達の精神が、宮城の食卓を豊かに彩っている。
四季が織りなす、宮城の表情
宮城の魅力は、季節ごとにまったく違う顔を見せるところにある。 春、白石川堤の桜並木は、残雪を頂く蔵王連峰を背景に淡紅色のトンネルを描く。 夏は七夕の彩りと、青く澄んだ松島湾の涼やかさが旅心を誘う。 秋になれば、鳴子峡が燃えるような紅葉に染まり、深い渓谷を錦が埋め尽くす。 こけしの故郷・鳴子温泉郷の湯けむりと紅葉の競演は、東北の秋を象徴する一幕だ。 緑したたる初夏には、秋保大滝の轟きや、ブナ林を渡る涼風が心身を洗い清める。 そして冬。蔵王の山肌には、針葉樹が氷と雪をまとって生まれる世界でも稀な樹氷「スノーモンスター」が立ち並び、白い怪物の群れが斜面を埋め尽くす。 白石の宮城蔵王キツネ村では、雪原をまるで物語の精のように狐たちが駆けてゆく。 師走の仙台では、定禅寺通の欅並木が無数の電飾に包まれ、街路はまばゆい光の回廊「光のページェント」へと姿を変える。 裸の枝々に灯る星屑のような光は、雪国の長い夜にあたたかな魔法をかける。 どの季節に訪れても、宮城は心に残る一枚の絵を、そっと旅人の手に差し出してくれる。
一泊二日、伊達と絶景をめぐる旅
限られた時間で宮城の真髄に触れるなら、海と街、ふたつの顔を一日ずつ味わうのがよい。 初日は仙台から。青葉城趾に立ち、政宗が見つめた街並みと太平洋を一望したい。 昼は炭火の香る牛タンで腹を満たし、午後は街歩きとともに杜の都の緑を堪能する。 夜は奥座敷・秋保温泉や作並温泉にゆっくりと身を沈め、渓谷のせせらぎを聞きながら旅の疲れを溶かす。 二日目は早起きして松島へ。 朝靄の晴れぬうちに遊覧船へ乗り込めば、観光客のまばらな静かな多島海を独り占めできる。 伊達家ゆかりの古刹・瑞巌寺と、海に張り出す五大堂を訪ねれば、絶景と歴史が一本の糸で結ばれていることに気づくはずだ。 時間が許せば足を延ばし、鳴子の紅葉や蔵王の御釜を加えれば、宮城の懐の深さをいっそう味わえる旅となるだろう。