世界を魅了した磁器、有田と伊万里
400年前、日本で初めて磁器が焼かれた場所、有田。 白く透き通るような磁肌に、鮮やかな赤や藍の絵付けが施された「有田焼」は、かつて伊万里港から積み出され、オランダ東インド会社を通じてヨーロッパへ渡り、王侯貴族たちを熱狂させた。「伊万里焼」の名は、この積出港に由来する。 今も窯元の煙突から煙が立ち昇る町並みを歩けば、工房の窓越しに職人たちの真剣な眼差しと、ろくろに向かう背中が見える。 路地を仕切るトンバイ塀は、使い古した窯のレンガと陶片を赤土で塗り固めたもの。焼き物の町でしか生まれ得ない、土と火の記憶が積み重なった壁だ。 その指先から生み出される緊張感こそが、伝統を支える力だ。
空を彩る夢、バルーンフェスタ
佐賀平野は、熱気球の聖地でもある。 広く平らな田園と、嘉瀬川という大きな川。この地形こそが、気球を浮かべるのに理想の舞台を整えてきた。 毎年秋に開催される「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」では、世界中から100機を超えるバルーンが集結する、アジア有数の大会だ。 まだ薄暗い早朝、バーナーの轟音とともに球皮が次々と膨らみ、一斉に飛び立つ光景は圧巻だ。 朝焼けのオレンジと空のブルー、そして色とりどりの気球が嘉瀬川の水面に映り込む瞬間、そこには夢のようなパノラマが広がる。 夜には係留された気球が一斉に灯る「バルーンイリュージョン」が、河原を巨大な提灯のように染め上げる。 炎の明かりが球皮の内側から色を透かし、闇に並んだ気球が夜空にぼうっと浮かび上がる様は、昼の躍動とはまた違った幻想を見せてくれる。 大会期間中は臨時駅が設けられ、全国から多くの人がこの空の祭典を目当てに佐賀へと集う。
透き通る芸術、呼子のイカ
玄界灘に面した港町・呼子(よぶこ)の名物といえば、「イカの活き造り」だ。 注文を受けてから生け簀で泳ぐイカを揚げ、熟練の包丁さばきで瞬時に捌く。 皿に盛られたイカはまだ透明で、足が動くほどの鮮度を保ち、美しく透き通っている。 口に運べばコリコリとした食感と、噛むほどに広がる強烈な甘み。 胴の身を味わったあと、残ったゲソや耳は天ぷらや塩焼きに仕立て直してもらえる。一杯のイカを余すところなく、二度美味しく味わうのが呼子の流儀だ。 朝市の通りに並ぶ干物や、玄界灘を望む港の風景もまた、この町ならではの味わい深い情景である。 素材の良さを極限まで引き出す、佐賀の食文化の象徴だ。
美肌の湯、嬉野と武雄
焼き物と祭りに沸く土地の奥には、肌をいたわる二つの名湯が静かに湯気を立てている。 嬉野温泉は、とろりとした独特の泉質で「日本三大美肌の湯」の一つに数えられ、湯上がりには肌がすべすべになると評判だ。 ナトリウムを含んだ滑らかな湯が古い角質をやわらげるといわれ、その柔らかな肌触りは一度浸かれば忘れがたい。 名物の温泉湯豆腐は、その温泉水で豆腐を煮込むことで角がとろりと溶け出し、口の中でなめらかに崩れる絶品だ。 一方、隣り合う武雄温泉は1300年の歴史を伝える古湯で、宮殿を思わせる朱塗りの楼門が温泉街の象徴として旅人を迎える。 武雄の御船山楽園は、春には数千本の桜とツツジが山肌を染め上げ、秋には鮮やかな紅葉が池に映り込む、四季折々に表情を変える名園として知られる。 嬉野で名産の嬉野茶を一服し、武雄で歴史ある湯に身を沈める。湯のぬくもりと茶の香りが、旅で火照った心をゆっくりとほどいていく。佐賀の旅を締めくくるのにふさわしい、安らぎの時間がここにある。
弥生の記憶、吉野ヶ里と城下町唐津
佐賀の魅力は、磁器が生まれるよりはるか昔へと遡る。 吉野ヶ里歴史公園には、二千年以上前の弥生時代を物語る国内最大級の環壕集落が広がる。 深い濠と高い物見櫓に囲まれた集落の跡は、人々がクニを形づくり始めた古代日本の息吹を今に伝えている。茅葺きの竪穴住居が点々と並ぶ丘に立てば、遠い祖先の暮らしの音が聞こえてくるようだ。 時代を下れば、唐津は名護屋城を拠点とした歴史の舞台であり、玄界灘を望む城下町として栄えた。 白砂青松が延々と続く「虹の松原」は日本三大松原の一つに数えられ、海風が松の梢を鳴らす並木道は、歩くだけで心が澄んでいく。 秋に行われる「唐津くんち」では、漆と金箔できらびやかに飾られた巨大な曳山が城下を勇壮に練り歩き、町は熱気に包まれる。鯛や獅子、兜をかたどった十数台の曳山が笛と太鼓の囃子に合わせて曳き回される様は、国の重要無形民俗文化財にふさわしい迫力だ。 焼き物の里として知られる佐賀だが、唐津焼もまた茶人たちに古くから愛されてきた。土の素朴な味わいを生かした器は、華やかな有田焼とは対照的に、侘びの美を体現している。同じ県内に正反対の美意識が共存することこそ、佐賀の奥深さである。 土と炎、空と海、そして悠久の歴史。佐賀は、いくつもの時間が重なり合う土地なのだ。
佐賀を巡る、二日間のモデルコース
佐賀の旅は、東西に点在する見どころを物語のようにつなぐと心に残る。 初日はまず有田へ。窯元の煙突を見上げながらトンバイ塀の路地を歩き、気に入った一枚の器を探す。隣り合う伊万里まで足を延ばせば、磁器が海を渡った歴史の港町に触れられる。 日が傾く頃、西の嬉野温泉へ向かう。とろりとした美肌の湯に浸かり、夕餉には温泉湯豆腐を味わって、陶都の余韻を静かに溶かしていく。 二日目は北の海へ。玄界灘を望む唐津で虹の松原を散策し、城下町の風情を楽しんだら、呼子へ向かってイカの活き造りに舌鼓を打つ。 時間が許せば、佐賀平野の中心で吉野ヶ里の古代に思いを馳せ、武雄温泉の楼門をくぐって旅を締めくくるのもいい。 季節によって旅の表情も変わる。春の有田は陶器市の熱気に沸き、初夏には虹の松原の緑が深まる。秋は気球が空を舞い、紅葉が御船山を彩る。冬は唐津くんちの曳山が町を駆け、温泉の湯気がいっそう恋しくなる。いつ訪れても、佐賀はその季節だけの顔で迎えてくれる。 焼き物、温泉、海の幸、そして古代のロマン。欲張りに見えて、すべてが無理なくひと続きになる。それが佐賀という土地の懐の深さだ。