奇跡の芸術、鳥取砂丘
東西16km、南北2.4kmに広がる鳥取砂丘。 一見、不毛な砂漠に見えるが、ここは風と砂が織りなす「生きた美術館」だ。 日本海から吹きつける風が砂を運び、季節ごと、時間ごとにその表情を変えていく。 風が止む夕暮れ時、砂丘には風紋(ふうもん)と呼ばれる美しい波模様が現れる。 それは誰の手も借りず、自然だけが描ける一瞬の絵画であり、翌朝には別の模様へと描き替えられている。 「馬の背」と呼ばれる小高い丘を登りきると、目の前には深く青い日本海と、燃えるような夕日が対峙している。 裸足で砂を踏みしめれば、昼の名残りの熱と、夜の気配を含んだ冷たさが交互に足裏を伝う。 それはまるで異惑星に降り立ったかのような、圧倒的な非日常の光景だ。 そして日が落ちれば、光害の少ないこの土地は「星取県」へと姿を変え、砂の地平線の上に満天の星がこぼれ落ちる。
異界への入り口、水木しげるロード
鳥取県は「まんが王国」としても知られるが、境港市の「水木しげるロード」は別格だ。 妖怪漫画の巨匠・水木しげる氏の故郷であるこの通りには、無数のブロンズ像が鎮座している。 鬼太郎、ねずみ男、ぬりかべ、子泣き爺——子どもの頃に絵本やテレビで出会った妖怪たちが、街角のそこかしこから旅人を見つめている。 昼間は子ども連れの歓声でにぎわう通りも、夜になり、ガス灯のような温かい街灯が灯ると、そこはもう人間界ではない。 雨上がりの路面に妖怪たちの黒い影が伸び、どこからか下駄の音が聞こえてきそうな、心地よい恐怖と懐かしさが漂う。 水木しげるは戦争で片腕を失いながらも、ユーモアと畏れの入り混じった妖怪の世界を描き続けた。 この通りを歩くことは、彼が愛した「見えないものへの想像力」を、ひとつずつ確かめていく旅でもある。
冬の味覚の王様、松葉ガニ
「蟹取県」を名乗るほど、鳥取の冬はカニ一色に染まる。 中でもズワイガニのオスである「松葉ガニ」は、冬の味覚の王様だ。 日本海の荒波にもまれて育った身は、繊維が太く、上品な甘みと濃厚な旨みが詰まっている。 茹でたての真っ赤な甲羅から湯気が立ち上る様は、冬の食卓における最高の贅沢。 ほぐした身はもちろん、味噌の濃密な甘さ、炭火で炙った焼きガニの香ばしさと、一杯のカニに無数の表情が宿る。 熱燗を片手に、無言でカニと向き合う時間は、至福のひとときと言えるだろう。 カニばかりが鳥取の食ではない。 夏には透き通るような白イカが甘さを増し、秋にはみずみずしい二十世紀梨が果汁をしたたらせる。 県西部に根づく牛骨ラーメンのまろやかなコクや、豆腐を練り込んだ豆腐ちくわの素朴な味わいも、この土地ならではの滋味だ。 四季それぞれに旬の主役が入れ替わるのが、海と山に恵まれた鳥取の豊かさである。
伯耆富士・大山と、湯けむりの古湯
砂と海の印象が強い鳥取だが、内陸に目を向ければ、まったく異なる風景が広がっている。 中国地方の最高峰・大山(だいせん)は、その端正な姿から「伯耆富士(ほうきふじ)」とも呼ばれる。 西から望むなだらかな裾野は富士山を思わせ、東から見れば荒々しい岩肌が天を突く。 ふもとに静かにたたずむ大山寺は、古来山岳信仰の聖地として栄えた古刹で、参道の杉木立を歩けば、俗世の喧騒が遠のいていく。 夏は高原に涼風が渡り、秋にはブナの原生林が燃えるように色づき、冬は一面の雪景色がスキーヤーを迎える。 山を下れば、今度は湯の里が旅人を待っている。 三朝(みささ)温泉は、世界でも有数のラジウムを含む放射能泉として知られ、古くから湯治の地として親しまれてきた。 川沿いに旅館の灯りが連なり、夜になれば下駄を鳴らして外湯をめぐる風情が残る。 白壁土蔵群が美しい倉吉のレトロな町並みとあわせて訪ねれば、鳥取の「静」の魅力を心ゆくまで味わえるだろう。
民藝の心が息づく城下町
鳥取を語るうえで欠かせないのが、暮らしの中の美を尊ぶ「民藝」の精神だ。 飾るためではなく、日々使うために生まれた器や織物にこそ宿る美しさ——その思想は、この土地に深く根を下ろしている。 県内には素朴で温もりのある焼き物の窯が点在し、ぽってりとした釉薬の器は、手に取るたびに手仕事の温度を伝えてくれる。 城下町・鳥取の街なかには、民藝の品々を集めた施設や、職人の手から生まれた工芸に出会える店が静かに息づいている。 華美ではないが、使い込むほどに味わいを増していく道具たち。 それは、自然と寄り添いながら慎ましく暮らしてきた、この土地の人々の美意識そのものだ。 砂丘の壮大なアートと、手のひらに収まる器の小さな美。 鳥取の旅は、大きな自然と細やかな手仕事という、対極にある二つの美を同じ旅程のなかで味わえるところに、その奥深さがある。
鳥取を味わうモデルコース
一泊二日なら、まずは県東部の鳥取砂丘を旅の起点に据えたい。 昼下がりに砂丘へ降り立ち、馬の背を越えて日本海を望み、風の止む夕暮れまで砂の上で時を忘れる。 夜は光害の少ない空に広がる星々を見上げ、城下町に宿を取って、民藝の器でいただく地の幸を味わう。 翌朝は西へ向かい、伯耆富士・大山の雄姿を車窓に楽しみながら、白壁土蔵群が残る倉吉や、三朝の湯の里に立ち寄るのもいい。 さらに足を延ばせば、境港の水木しげるロードが待っている。 昼は妖怪たちと記念写真を、日が暮れれば、街灯に照らされた異界の散歩道を歩く——同じ通りが昼と夜でまるで別の顔を見せる。 二泊できるなら、大山のふもとで高原の朝を迎え、古刹・大山寺の参道を歩く時間も加えたい。 訪れる季節を変えれば、旅の表情は一変する。 夏は砂丘のアクティビティと白イカ、秋は梨狩りと大山の紅葉、冬は雪の砂丘と松葉ガニ。 自然のアートと漫画の想像力、壮大な景観と細やかな手仕事——その振れ幅の大きさこそ、鳥取がくれる旅の醍醐味である。